オーチャードホール公演『○→○』

1:『○→○』プロローグ with 南波一海

南波一海さんと蓮沼執太でオーチャードホール公演『○→○』について話しました。

南波一海

ここでは主に今回の公演のゲストについてうかがっていきたいと思うのですが、少し遡って、近年の蓮沼執太フィルのことも訊けたらいいかなと思っています。2019年8月の日比谷野音公演を最後に木下美紗都さんが離れたのが大きな変化でしたよね。

蓮沼執太

それぞれの道があるということで木下さんを送り出して。僕はわりと、メンバー全員とイーブンの関係であるという考えがあるんだけど、どうしてもヴォーカルの存在は大きいじゃないですか。だから僕というよりは、まわりの人が「大丈夫なの?」みたいな雰囲気でした。

南波一海

まわりの人というのはメンバー?

蓮沼執太

友達だったり、もしかしたらメンバーもそう思っていたかもしれないです。木下さんは長くやってきた人だし、簡単に言うと、定番の曲ができないんじゃないか、みたいな心配ですよね。でも、僕のスタイルはそのときの新しい曲をどんどん作っていくことだと思っているので、全然ネガティヴに考えてなかったんです。

南波一海

例えば、穴を埋めるように同じ位置に新たなヴォーカリストを迎えるという考えはない。

蓮沼執太

一切ないです。それでも、僕は歌というより人の声の要素が大切だと思っていて。じつは、これまでも(小林)うてなとか(三浦)千明もコーラスを歌っていたりするんですよね。違った色んな声があるのはいいなと思っていて。だから今回、石塚(周太)くんとかうてなとか千明に歌ってもらう比重が増えてたりするんです。だから声の要素は以前とは少し形が変化してはいます。

南波一海

そもそも蓮沼フィルの作曲やアレンジというのが、こういう曲にしたいからこういう人にこう演奏してほしいというより、この人がいるからこうしようという方法を採っているところもありますよね。

蓮沼執太

そうですね。10年近くみんなでやっていたらどうしても型ができてしまうんですけど、型に縛られずに、いまあるもので作っていきたいというのはあるんですけどね。意固地におれたちはこのメンバーでやるということでもなくて、xiangyuや塩塚(モエカ)さんに入ってもらって曲を作っていたりするので、ジョインできるときはジョインして、というスタンスでやってます。

南波一海

とはいえ、今回はそのジョインしてもらうゲストの割合が多いし、多彩になってますよね。それは編成の変化に伴うものなのかなと。

蓮沼執太

というより、いまはライヴの機会が少ないからこそかもしれないですね。しょっちゅうライヴしてたら今回みたいなやりかたはできないだろうし。

南波一海

ライヴが少ないから、というのはたしかに。思い返せば、節目となる単独公演では様々なゲストを迎えてきたわけで。

蓮沼執太

イ・ランとか砂原(良徳)さんとかね。ただ、木下さんは音楽への理解がすごくあるから、自分が絶対に歌わなきゃいけないという考えの人ではないじゃないですか。だからそういうことが可能だったのかもしれないです。もっとシンガー然とした人がメンバーだったらそういうフレキシブルなフォーメーションでは作れてはなかったかもしれない。でも、実際、木下さんがいないとできない曲はたくさんあるんだよな……(笑)。

南波一海

それはもちろんそうですよね。

蓮沼執太

でも、そういうのもあっていいのかなと。その人がいないとできない曲があるなんて、むしろいいことというか。かけがえのないことだから。

南波一海

替えがきかないという意味でも素敵なことですよね。だからこそ、いまいるメンバーや新しい仲間と新しい曲を作っていくと。

蓮沼執太

そうですね。あとは微妙に楽器編成も変えたりもしているので、そこに気づく人がいてくれたら嬉しいです。

南波一海

今回のゲストや編成はどういうふうに決まっていったんですか?

蓮沼執太

去年のスパイラルでの配信『#フィルAPIスパイラル』のときに、まずxiangyuに声をかけて。そもそもxiangyuの音楽が好きだったんです。音楽を聴いて、自然な人だなと。もしかしたら我々と合うかもしれないと思って、声をかけて、一緒にやってみたら、ハマりがすごくよくて。あまり感じたことのない楽しさだったので、その一回だけじゃもったいなと思ったんです。彼女の歌える曲が二曲あるんですけど、それを育てるような感じで、昨年12月のライヴでもお誘いして。で今回、アレンジもまた変えて、三回目という感じです。

南波一海

手応えがあった。

蓮沼執太

ありました。彼女は歌なんだかラップなんだかわからない、さっきも言ったような人の声の魅力があるんです。ピッチがハマれば歌になって、縦軸がハマればラップになる、くらいの感覚というか、変容の仕方が好みなんだと思います。あとは去年、RYUTistの「ALIVE」という曲を作らせてもらったので、そのスパイラルの公演にも出てもらうことになって。それをメンバーのイトケンさんに言ったら、すぐに柴田聡子さんに連絡して、柴田さんがRYUTistに書いた「ナイスポーズ」もやろうということになり。

南波一海

イトケンさんはフィルのドラマーでもあるし、柴田さんのバックでも叩いてるから。「ナイスポーズ」のレコーディングも参加していることもあって、せっかくだから一緒にできたらいいよねと盛り上がったんですよね。

蓮沼執太

「ナイスポーズ」のフィル用のアレンジもイトケンさんがやってくれて。あのライヴは配信だったんですけど、僕は「ALIVE」を書いたときにコンサートホールでやっているイメージだったので、またやりたいなと思っていたんですよね。

南波一海

RYUTistは僕のやっているレーベルの所属グループで、「ALIVE」のそもそものオーダーがホールコンサートのための曲だったんですよね。

蓮沼執太

そうそう、発注に応えた形で。『#フィルAPIスパイラル』は自分のなかで新しいことをしたいという試みのひとつだったので、そこで得たものや、こうしたらもっとよくなるなという反省もあったので、今回はお客さんに会場へ来てもらって、よりよいものお見せしたいなというところでRYUTistと柴田さんにお願いしました。

南波一海

柴田さんの書いた曲をフィルで演奏するというのも面白いですよね。

蓮沼執太

これもややこしいかもしれないんですけど、自分の曲だから演奏したいというわけでもないんですよね。今回、AIで曲を作っていて。僕の曲を徳井直生さんの作ったAIに学習させて、吐き出させて、それを演奏するんです。

南波一海

どんなものになるのか想像つかない……(笑)。でも、フィルは蓮沼くんの作曲した楽曲以外にも演奏してきましたもんね。サン・ラー、テリー・ライリー、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーとか、挙げればたくさんある。

蓮沼執太

OPN、やったなぁ。木下さんの曲もやってましたしね。だから柴田さんの書いた「ナイスポーズ」をやるのも特別な例ではないんです。それに、特殊な空気を作ってくれる曲じゃないですか。自分たちのやってる音楽で、柴田さんや演奏しているみんなもすごいなという発見ができる。そういうものが発生するのは嬉しいですよね。単純に好きな曲というのもあります(笑)。そして、塩塚さん。塩塚さんは、去年「HOLIDAY」という曲を一緒に作ったので。じつはまだ、フィルとも会ってないんですよね。

南波一海

初ライヴどころか会ってないんですね。

蓮沼執太

歌録りは僕とふたりでやってたくらいなので。塩塚さんは音楽的体力が高い人なので、羊文学でやっているバンドサウンドだけじゃなくて色々できる人なので、やってて楽しかったですね。生でやれたら楽しいだろうなと。

南波一海

そして今回の目玉はなんと言ってもヤン富田さんですよね。

蓮沼執太

いや、本当に嬉しいです。まさにリヴィング・レジェンドですよね……大変なことになりました(笑)。

南波一海

そもそもヤンさんにお願いしたいと思ったのはどういうところからなんですか?

蓮沼執太

コンサートホールでヤンさんの音を聴きたいというのがあったし、やっぱりフィルで体験したことない空気に触れたいと思ったのかもしれない。それに僕、ヤンさんのよく仰っている「必然性のある偶然」をわりと天然で、というか、なにも考えずにやっているところがあって。それに従って体が動いているところがあるんです。

南波一海

リアルタイムで聴いたのは、蓮沼くんの世代だと4枚組の『Music For Living Sound』からですか?

蓮沼執太

そうです。当時はDOOPEESとかよりもハードコアなものが好きでした。『Music For Living Sound』を自分が理解できてたかはどうかは置いておいて、かっけーなと思って。シンセサイザーって2種類あると思ってたんです。鍵盤のほうと、ヤンさんみたいに線がたくさん繋がってるやつ。あの頃はブックラとかサージとかわからなかったけど、音階のあるやつよりもヤンさんのシンセのほうが好きでした。そもそも電子音とかに触れることもなかったし。ヤンさんは僕が中学~高校くらいから目に触れるメディアによく出ていたし、ヤンさんを入り口にして尖がってるカルチャー全般に触れていったんです。

南波一海

影響を受けた部分がたくさんあるわけですね。

蓮沼執太

そうですね。自分にとっては夢の競演です。普段、一緒に写真撮ってくださいということはまずないんですけど、お願いしちゃいましたし(笑)。ライブについて詳しいことは言えないんですが、いわゆるコラボという形を想像するとまた違うかもしれないです。それは見てのお楽しみというところですけど、僕自身、ただただ楽しみです。

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Profile

南波一海

南波一海

1978年生まれの音楽ライター。レーベル・PENGUIN DISC主宰。近年はアイドルをはじめとするアーティストへのインタビューを多く行い、その数は年間100本を越える。タワーレコードのストリーミングメディア「タワレコTV」のアイドル紹介番組「南波一海のアイドル三十六房」でナビゲーターを務めるほか、さまざまなメディアで活躍している。

公演情報

会場 Bunkamuraオーチャードホール
日時 2021年4月23日(金)開場18:00 開演19:00
公演タイトル オーチャードホール公演『○→○』(読み:まる やじるし まる)