Statement

『アントロポセン』という大きさから「自分」という小ささまで

蓮沼執太フィル、ニューアルバム『アントロポセン』は現在における新しい音楽を志し、いま目の前に広がる世界を生きるあなたへ向けた音楽となるように、そう思って作りました。前作『時が奏でる』から4年半という時間を経て、蓮沼フィルメンバーはそれぞれに進化を続けています。現代の人間の営みとしての音楽。大きな音的運動をこのアルバムに詰め込みました。

フィルのメンバーと一緒に居ると、小さな勇気をたくさんもらえます。勇気というのは大げさなものではなくて「すごく些細で前向きなオーラ」みたいなものです。そもそも「勇気」って抽象的なイメージで、人が生きていくために必要な糧のような印象がある不思議なものですね。フィルのメンバーが演奏する音楽の中にいると、それまで自分の頭だけで考えたことは「なんてちっぽけな事なんだ・・・」と毎回思わされます。おそらく「音楽」が作曲から演奏に放たれる段階で対話が行われているんですね。フィルの音楽は、自分の意図を簡単に乗り越えていきます。

音楽の集合体というのは、携わるものが等しく存在することが可能で、蓮沼フィル16名の音楽家がそれぞれ独立して存在している状況であって、そういった人間(ミュージシャン)がそれぞれ自由に考えて生きること(音を出して演奏すること)は、この地球で生活するエコロジーと近しい関係だと感じます。音楽をやっていると、僕はいつも「いまを生きていること」を考えます。つまり「生」や「自然」ということに、自分の音楽はとても密接です。

そもそも蓮沼フィルは、僕が人生で初めて作ったバンド「蓮沼執太チーム」に管弦楽器などを足したアンサンブルで演奏するところからスタートしました。2011年の震災以降は、出自が異なるメンバーで可能にする集合知的なアプローチをとる音楽活動を意識し行っていました。「僕たちはどうやってより良く生きていけるのか?」共同体としての活動を「蓮沼フィル」のライブ活動を通して模索していた時期でもありました。それらを一枚の音盤にまとめたのが、2014年のアルバム『時が奏でる|Time plays -and so do we.』です。

2017年に蓮沼フィル公演『Meeting Place』をスパイラルホールで、2018年1月には『東京ジャクスタ』を草月ホールで行いました。この2公演では会報誌と呼んでいる当日パンフレットや新曲音源を作ることで、再びフィルメンバーとのライブやレコーディングが緩やかにはじまっていきました。この時、数年という僅かな時間が経っただけにも関わらず、それぞれの人間性の変化に気が付きました。人間が変われば、音も変わる。立ち上がる音が変われば、フィルの音楽も変化する。このような音楽的なエコロジーを感じられたことにとても驚きました。「音楽は人間の営みだ。」と、あらためて強く感じました。でも、この循環的と感じた「音楽的なエコロジー」とはなんでしょうか?僕はこのアルバムのタイトルでもある『アントロポセン』から繙くことにしました。

僕は、直に手づかみするような気持ちで『アントロポセン』という言葉を使っています。敢えて、露骨に。つまり「ベタ」に扱っています。イズムではありません。これは地質年代における完新世の年代は終わっていて、新しい年代「人新世(アントロポセン)」に入ってしまっているという造語です。名付け親はオゾンホール研究でノーベル賞を受賞した科学者パウル・クルッツェルン。人間の活動が地質学的な部分でも地球に影響を与えてしまっているという、現代への警鐘とも呼べる言葉です。1950年代以降人口増大し、都市が大きくなり、大量生産と消費が進み、グローバル化の名のもとにテクノロジーやインターネットなどのインフラストラクチャーが整い、社会経済の変化を及ぼしてしまいます。挙げるとキリがないほどの地球の生態系や気候へ人間が影響を与えてしまっているということです。

ただ、僕は『アントロポセン』という名称や、地質学上の定義そのものが有効だとは考えていません。その背景にある役割と機能です。この言葉を受けて僕たちが何を考えて、何を意識して、これからを生きていくのか?人間中心主義的な発想を改めて見直すことを必要としています。僕は現代に音楽というものを行うのであれば、人間のロゴス中心的な事柄を見直し、安易に想像されてしまう「未来」を疑い、いま生きている「現在」を考えること、その瞬間を大切にしたいです。たとえば、飛行機に乗って少し地球からとんでみる。機内から地上を眺めると普段とは違った光景が広がる。僕は少し音楽からとんでみる。そこから音楽を聞いてみると普段とは違った音が聞こえてくる。この瞬間の連続が、これから僕らにおとずれる「時」を作っていくのだと思うからです。時に詩的に、またある時には直接的に。

このアルバム『アントロポセン』は僕らの力強い演奏、生々しさ、そして前進する姿勢がダイレクトに音楽となっています。とにかく早く全曲聴いてほしい!

2018年6月19日
蓮沼執太