Interview
蓮沼執太 ✕ 佐々木敦
Shuta Hasunuma ✕ Atsushi Sasaki
前作『時が奏でる – Time plays so do we.』から4年半の歳月を経て完成した、蓮沼執太フィルのニューアルバム『ANTHROPOCENE|アントロポセン』。
ここでは、蓮沼フィルの生みの親でもあり、蓮沼執太との関わりも永く深い、批評家・HEADZ代表の佐々木敦さんとのオフィシャル対談をお届けします。
佐々木さん曰く、聴いて5秒ぐらいで「これはすごい。傑作だなって」って。前作『時が奏でる』を超えたなぁって思った。
という新作は、どのようにして生まれたのでしょうか?
2014年『時が奏でる』の完成と全国ツアーの話題を入り口に、現在2018年に至る心境の変化を丁寧に振り返っていきます。
Session 1
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佐々木敦(以下、佐々木):
『アントロポセン』。すごく不思議な気がしてしまったのが、蓮沼執太フィルのセカンドアルバムなんだけど、考えてみたらアルバムとしては2枚目なんだよなっていう。
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蓮沼執太(以下、蓮沼):
そうですね。まだまだ新人です。
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佐々木:
まずは、蓮沼フィルの過去と現在を行ったり来たりしながら、話をするようにしたいと思っています。
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蓮沼:
はい、よろしくお願いします。
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佐々木:
どう入り口にして話を聞いていこうかと思っているんだけど、今作は前アルバム『時が奏でる』から4年半経っているんだね。
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蓮沼:
前作が2014年1月15日リリースなので、4年半ぶりですね。長いような短いような。
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佐々木:
でも、その間もフィルとしての活動は1年に何回か行ってはいたんだよね?
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蓮沼:
そうですね。ファーストアルバムを出して、全国ツアーをしたんですね。そのツアーの後、僕はすぐN.Y.へ行ってしまったんですね。
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佐々木:
なるほどね。それが初めてのN.Y.だったね。
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蓮沼:
アジアン・カルチャル・カウンシル(ACC)のグラントで半年以上海外に滞在していて、その後日本に帰ってきてからも、フィルの活動はしていなくて、『メロディーズ』というプロジェクトをスタートしました。
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佐々木:
というのも、やっぱりフィルをやるには、相当お膳立てが必要だもんね。人数が多いから。
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蓮沼:
もちろんお膳立ても必要ですし、僕的にはやっぱり自分の「やる気」が一番必要になりますね。
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佐々木:
気合いを入れなきゃいけないよね。急に集合をかけて、ある日集まった人たちだけでできる訳じゃないしね(笑)。練習やリハーサルもしなきゃいけないからね。ということは『時が奏でる』を出したとき、そして、そのツアーをやってるときは、フィルとしての活動だよね。蓮沼くんの場合は、「蓮沼執太」っていう単体での活動も、そもそも一本ではない、たくさんの形があるじゃない?しかも、それ以外で蓮沼フィルもあって、あるいは、他のいろんなコラボレーションや、プロデュースがあったりするから。常に幾つものことを考えながら走ってるみたいな状態だと思うけど。4年半前に『時が奏でる』を出した後のフィルの未来、次はこういうようになってみたいみたいなこと、つまり今回のようなことというのは、どの程度見えていたっていうか、考えていたのかなぁって。
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蓮沼:
ツアーを終えた当時は、フィルはもうやらないだろうなぁ、と思っていましたね。
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佐々木:
終わりだと?
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蓮沼:
フィルでやれることはある程度できたかな、と。フィルのメンバーの何人かにも「もう終わりにします」というようなことは言っていました。
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佐々木:
このプロジェクトとしては、一応、大団円だって。
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蓮沼:
そうですね。「もう終わりにしたい」というニュアンスではなくて、「やりきった!」という達成感でした。蓮沼フィルの活動は、佐々木さんもご存知ですが、いきなりアルバムを作ろうと思って結成したのではなくて。
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佐々木:
うん。その前がすごくあるからね。
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蓮沼:
ライヴをずっとしてきました。そもそもライヴをするために結成された集団がアルバムを作り、音を記録してしまった。
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佐々木:
なるほどね。
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蓮沼:
記録したということは、これまでの活動に点を打つような気持ちになるんですよね。
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佐々木:
まさに、一つ終わったっていうことは事実としてそうなんだよね。
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蓮沼:
ツアー後には日本をしばらく離れることになっていたし、出国前までは全力を出し切ろうとやっていました。
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佐々木:
それで、N.Y.へ行って。『メロディーズ』とかもあったりとか、他のこともいろいろあったりとかしていて。ということは、今回のアルバムに関しては、7月にアルバムが出て、8月にライヴ、コンサートっていう流れがあるじゃない?もちろん、そこへ行くまでにはの事前の下準備もあって。今回メンバーも増えている。録音メンバーは増えているんだっけ?
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蓮沼:
前回のアルバムから一人増えています。フルートの宮地夏海さんがメンバーとして参加してくれています。
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佐々木:
8月のコンサートの出演者は増えるの?
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蓮沼:
蓮沼フルフィルということで、去年公募で集まった10名が、8月18日のコンサート『フルフォニー』に出演します。
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佐々木:
そういうこともあったりするときに、再スタートみたいな感じの感覚があるのかは分かからないけど、リユニオンみたいな気持ちがどこかにあったんですか?
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蓮沼:
去年2月に、青山にあるスパイラルホールで2日間のイベント『Meeting Place』を開催したんです。そのときに、公演のためにリハーサルをして、レコーディングをして、本番までやったんですね。レコーディングをしたのは、つくっていた会報誌の中に封入する新作録音音源のためのもので、それをその会報誌と共に渡すということをやっていました。
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佐々木:
そうだったね。
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蓮沼:
久しぶりに集まったこの時の短時間で、リハーサル、レコーディング、そして2日間のライヴも全てやってしまったんです。
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佐々木:
ぎゅっと詰まっているね。
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蓮沼:
そうなんです、ぎゅっと詰まっている。昔を思い出すような気持ちで、活動の総集編みたいな勢いで一気にやってしまったんです。そしたらですね、フィルの音が変わっていたんですよ。
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佐々木:
音っていうのは、感じが?
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蓮沼:
音の感じにも変化がありましたし、メンバーへの音の向き合い方の変化というか。
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佐々木:
同じ曲をやったとしても?
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蓮沼:
そうですね。最初の一音目から違っていました。僕も集中して最初の音を聴いていたんですけど。2年ぶりぐらいに全員で音出したんですね。
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佐々木:
そっかー! マジで、そうかー!
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蓮沼:
2年の時間が経って、音の感じが違う。人間って変わるもんだなぁって素直に感じたんですね。
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佐々木:
なるほどね。やって気づいたこと。
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蓮沼:
経験して気づいたことですね。僕はそもそも普段一人で音楽を作っているということもあって、他人の演奏の変化に敏感でもないですし、分からないんですね。
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佐々木:
あー……、そうだよね。
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蓮沼:
パーマネントで活動しているバンドを組んだことがないのも、理由なのかもしれません。
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佐々木:
そうだね、確かに。急に多くのメンバーの人たちと再会して、いろいろやったみたいな。
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蓮沼:
その一連の『Meeting Place』期間のフィルの状態がとても良くて。手応えもあったし、まだまだ可能性も大いにあるなって。だけど、いきなり「アルバムを作ろう!」とまでは思わなかったですね。
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佐々木:
そうなの? そのときはまだ?
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蓮沼:
そうですね。公演後にまたN.Y.に帰って、フィル以外のことも準備していた時期だったんです。
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佐々木:
帰っていたね、そういえば。個展などの制作がありました。
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蓮沼:
なので、アルバム作るぞ! までは考えてなかったんですが、心のどこかで「フィルは何かできるかなぁ」と思っていましたし、この公演の時にはフルフィルのアイデアがあって公募で参加してもらえるメンバーを募ろうということは考えていました。
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佐々木:
つまり何かしらの感触は得たということだね?
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蓮沼:
感触を得て、N.Y.に帰って行った、ということですね。
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佐々木:
感触得たのは一年半前か。
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蓮沼:
そしてN.Y.に戻って……。
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佐々木:
いろいろ考え始めたわけだ。
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蓮沼:
また、みんなと定期的に集まって、新曲を作りながらライヴしたりしようかなぁ、など思ったり。
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佐々木:
その、自分の個展の準備をしながら。
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蓮沼:
今年2月からN.Y.のブルックリンにある総合アートスペースPioneer Worksというところで『Composition』という個展を、その前の1月に東京・赤坂の草月ホールで『東京ジャクスタ』という公演を開催したんです。その草月ホールでの公演の前にも東京に戻ってきて公開リハーサルや新曲レコーディングをしにスタジオに入っていました。
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佐々木:
僕はスパイラル・ホールと草月ホールの両方の公演を観ているんだけど、そういう経緯だったんだね。草月ホールの公演の時には、その後フィルをどういう展開にするかを、もちろん決めていたわけだよね?
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蓮沼:
そうですね、草月ホールの公演の前ですね。去年フィルをどうするかを考え抜いていて、寒くなる時くらいにはまずはアルバムを……。
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佐々木:
作ろうと?
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蓮沼:
はい。今回の蓮沼フィル活動は、まず最初にアルバムを作ろうと思ったんです。ライヴの回数をたくさん重ねて新作を作るのではなくて。N.Y.にいるときも、歌詞の素材になる詩的な言葉をいろいろと書いていたんですよね。
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佐々木:
なるほど。
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蓮沼:
まだ音楽の歌詞とは言えない、散文のようなものを書いたり、フレーズやメロディーなども。曲の要素をちょっとずつ作っていくようなものです。それで、東京に戻った時に、実際にスタジオに入って録っていこう、というように、だんだんアルバム制作のような流れになっていきました。完全に同時期に個展の作品のことも考えているわけなんですが。
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佐々木:
ピンポンというか、個人で仕事をしながら、でも実は集団のことも考えていて。その集団でやったことというのは、個人としての活動に置き換えられるみたいなことを、蓮沼くんは多分それ以前からずっと続けていってるわけじゃない?
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蓮沼:
そうですね。
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佐々木:
2年ぐらい前にスパイラルホールでやったときに「なんか感触が違う」っていうふうに思ったと。それがもしも仮にだよ、結構長いブランクでやってみたら、「あー、まぁ、こんなもんか。こうだったよね」という感触だったら、もしかしたらフィルをやってないかもしれないよね?
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蓮沼:
やってないと思いますよ。でも、その時にメンバー全員から刺激を受けたのは間違いありません。
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佐々木:
だから、やっぱり可能性というか、まだやれることがあると思ったんだよね。それは勘とか感触みたいなものかもしれないんだけど、なんかもうちょっと、自分なりに掘り起こしてみると、どういう感覚だったんだろうか?
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蓮沼:
メンバーの演奏を見ていて感じたのは、関係性の変化、と言ったら大げさですけど、人間は変化するんだな、という感触ですね。蓮沼フィルを活動してなかった時間もメンバーは当然活動していて、その幅も広がったり、環境や人との関係性も変化している。そういう人生の変化っていうんですかね?それが演奏や存在感にも現れてくるんですよね。前回のフィル活動の最後の部分、つまりアルバムを出して、みんなでツアーで全国を回って、『時が奏でる』の時期が終わって、僕はN.Y.に行って、環境が一変して、という流れは、僕にとっても新しいモードに変化していくんですね。そういう人間としての変化は僕もあるはずですが、メンバーが鏡となって僕に教えてくれた感じはあります。
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佐々木:
N.Y.では毎日何にか観に行って、楽しそうな日々でしたよね。
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蓮沼:
あの時の体験は、今N.Y.に居ても、もうできないことですね。
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佐々木:
そうなんだ。
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蓮沼:
あの当時は、徹底的に現地で起こっている出来事を経験しに行っていました。ものすごく集中して毎日芸術に触れていた気持ちでした。
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佐々木:
謎のインプット期間。
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蓮沼:
インプットでしたね。帰国後は『メロディーズ』を作って、U-zhaanとのコラボレーションのアルバム『2 Tone』を作ったりなど。
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佐々木:
そうだね。
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蓮沼:
あと、青森、東京、北京で個展を行ったりしていたので、ソロが活動の割合を占めていましたよね。もちろん他ジャンルでのコミッション・ワークも同時進行していきますけど。僕はいつも自分一人でできることをずっと考えていましたね。
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佐々木:
そうだよね。
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蓮沼:
でも、やっぱり全然違うんですよね。結局自分のことって自問自答のようですけど、どちらかというと、無限に入っていくんです。自分の内側に向かっていく思考というか。
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佐々木:
そうだね。行き得るしね。
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蓮沼:
そう。内側というのは無限な感覚なんですね。でも、集団での行為というのはやっぱり有限というか。
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佐々木:
あ、なるほど! おぉ、おもしろいこと言うね。
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蓮沼:
有限……、限界?
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佐々木:
むしろ、要するに条件がいっぱいあるかね。
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蓮沼:
そうです。条件が多過ぎてしまう、ということですね。
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佐々木:
いろんな制限。それぞれの現場が持っている個性とか、あるいは自分との感受性とか、全体のバランスとかによって、こういう空気がね。それが個人でやっていることと、全然違うんだね。
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蓮沼:
はい。そもそもが違うことなんですね。もちろん、個人とフィルの活動は同じ音楽であり、コアな部分で作曲しているときは同じような方法で作っているんですけど、でも行動に起こすと全然違う音が鳴っていく。
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佐々木:
おもしろいこと言いますね。普通に考えると、個人には限界があるから、人とやることで限界を超えられるというんだよね。でも、今、君が言ったことは全く逆で。そういう感覚というのは、多分、蓮沼君にあるすごく独特なものだと思うのね。
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蓮沼:
ハハハ(笑)。
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佐々木:
一人で、それが逆に。
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蓮沼:
汗かいてきちゃった(笑)。
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佐々木:
一人でやろうと、あっちのことをいっぱいやる、ということにもなるわけだよね。個人でも一人でも仕事がいっぱいやれちゃうし、やってしまう君が、でも個人だけじゃないことをやろうということは、ある意味ではやっぱりチャレンジだし。チャレンジっていうのは、自分にはできないから可能性を広げるというよりも、むしろ自分の可能性を何かしら、制限することによって、自分自身のできることを変える、みたいな感覚があるんだっていう。他者との関わり方さ、それはやっぱり。それはもう、フィルを結成したときから、ずっとそういう感覚はあるんだろうね。それは、なんていうのかな、フィルハーモニック・オーケストラだし、君はバンマスってことになるかもしれないけれども。で、自分が曲をやっているわけだけども。もともとフィルっていうのは、なんて言ったらいいのか、つまりバンド活動をしているわけでもないし。バンドとか、オーケストラとか、なんかそういう 、こう、集団性というのは、体験の場でやっぱり中心になる人物がいて、その人が一応、ある種の指導者というか、ともすれば拡張的な感じになってしまうし。そのことによって成立する部分もあったりするじゃん。でも間違いなく全然そういうタイプじゃないし。
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蓮沼:
はい。
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佐々木:
だからと言って、ものすごく仲の良い仲間たちが、それをそのままやってきたみたいな感じとも違うから、僕がTPAMのときに文章を書いたじゃない?
http://sasakiatsushi.tumblr.com/post/77347485913/あの時に書いた文章も、結局蓮沼君のその「個」というものと、「集団」「共同体」というもののあり方の、ある種の独特さみたいなことを書いたつもりだったんだけど、今回のフィルに、それが一番露骨に当然出ているなって。
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蓮沼:
はい。「共同体」とも言えますし、変化を肯定して共に生きていくというのは循環的なエコロジーでもありますよね。
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佐々木:
じゃあ実際にさ、作業とかをしていく過程になって、メンバーのほとんどはもちろん変わっていないわけだけれども。メンバーはメンバーで数年分の歳をとったりとか。
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蓮沼:
もちろん歳を重ねていきますよね。
Session 2へ続きます。